オーストリアの歴史


オーストリア共和国(1919〜)


 第一次世界大戦の敗北によって、ハプスブルク家を頂点とするオーストリア・ハンガリー二重帝国は崩壊し、帝国の広大な領土は分割されました(地図の緑色の部分が、かつての帝国領土)。
 

第一次世界大戦後の中欧
第一次世界大戦後(1918年)の中欧
  ウィーンに建つ国連のビル
ウィーンに建つ国連ビル 
 
 戦後、オーストリアは共和国として再スタートしますが、第二次世界大戦に先立つ1938年にヒトラー率いるナチス・ドイツに併合されてしまいます。第二次世界大戦(1939〜1945年)では連合軍の爆撃で甚大な被害を蒙り、ナチス・ドイツの敗戦後は、ソ連、アメリカ、イギリス、フランスの4ヶ国によって分割統治されます。
 
 1955年、オーストリアは国家条約に調印、永世中立国として独立を回復します。さらに、首都のウィーンには1973〜1979年にかけて国連ビルが建設され、ニューヨーク、ジュネーブに次ぐ国連都市となりました。
 

1922年 カール1世、マディラ島で死去
1934年 ドルフスによる独裁政権が誕生
1938年 ナチス・ドイツがオーストリアを併合
1939年 第二次世界大戦(〜1945年)
1949年 ソ連がコメコン(東欧経済相互援助会議)を設立
1955年 オーストリアが永世中立国として独立
1956年 ハンガリー動乱
1968年 「プラハの春」の舞台となったチェコ、プラハのヴァーツラフ広場プラハの春
(写真は「プラハの春」の舞台となったチェコ、プラハのヴァーツラフ広場
1970年 ブルーノ・クライスキーが首相に就任
1989年 ウィーンのカプチナー教会にあるツィタ皇后の墓3月、ツィタ皇后、死去
(写真はウィーンのカプチナー教会にあるツィタ皇后の墓)
11月、ベルリンの壁が崩壊
12月、ソ連が崩壊
1993年 1月、チェコスロヴァキアが分裂
11月、欧州12ヶ国によるEU(欧州連合)が発足
1995年 オーストリアがEUに加盟(参加国は15ヶ国に)
2004年 ハンガリー、チェコ、スロヴァキアなどがEUに加盟(参加国は25ヶ国に)