バルト三国旅行記


カウナス旧市街の散策


 杉原記念館の見学を終えたらバスに乗って旧市街に向かいます。15分程で到着してバスをおりると目の前にネムナス川が流れています。カウナスは、このネムナス川とネリス川に挟まれた場所に建設された町です。
 
ネムナス川
ネムナス川
 
 カウナスの起源は1140年頃に築かれたと伝えられている砦です。この砦が増築されてカウナス城となり、町が形成されていきました。
 
 15世紀半ばにはハンザ同盟の交易圏に組み込まれたことで商業都市として発展します。第一次世界大戦の終結後、1920年にポーランド軍がヴィリニュスを占拠すると、リトアニアの首都はカウナスに遷されます。以後、1939年までカウナスがリトアニアの首都となりました。
 
 このネムナス川に面したところにヴィタウタス大公教会が建っています。1410年に建てられたゴシック様式の教会です。ヴィタウタス大公がタタール族との戦いで敗北したときに、奇跡的に窮地を脱したことを神に感謝して建てられました。
 
 教会の壁には水位計と、ネムナス川が氾濫して水に浸かった位置を示すプレートが取り付けられています。最高水位は1946年3月24日の氾濫における2.9メートルとなっています。
 
ヴィタウタス大公教会
ヴィタウタス大公教会
洪水の記録 →
洪水の記録
 
 石畳の通りを挟んでヴィタウタス大公教会の斜め向かいには「ペルクーナスの家」と呼ばれる建物があります。15世紀に建てられたゴシック様式の建物で、もともとはハンザ商人の邸宅として利用されました。一時期はイエズス会の教会として利用され、18世紀以降は放置されていました。
 
 19世紀になってから修築が行われ、そのときに30センチくらいの大きさのブロンズ像が見つかります。これが昔のリトアニアで信仰されていた雷神ペルクーナスの像ではないか、ということになりペルクーナスの家と呼ばれるようになりました。現在は図書館として利用されています。
 
ペルクーナスの家
ペルクーナスの家
ペルクーナスの家のファサード →
ペルクーナスの家のファサード
 
 ヴィタウタス大公教会とペルクーナスの家の間にある石畳の通りを進んでいくと、市庁舎広場があります。広場の中心には、真っ白な外観の旧市庁舎が建っています。1542年に建設され、1775年の改築で現在の姿になりました。ロシアがリトアニアを支配した時代には、ロシア正教の教会として利用されたり、監獄として利用されたこともあったそうです。現在はカウナス市の歴史博物館になっています。
 
旧市庁舎
旧市庁舎
イエズス会の教会
イエズス会の教会
 
 広場に面してイエズス会の教会も建っています。1666年に建設されましたが火災で焼失し、ロシアが支配していた時代にロシア正教の教会として再建されました。1990年代になってイエズス会に返還されて現在に至っています。
 
旧市庁舎広場
旧市庁舎広場

 旧市庁舎広場の周りには、16世紀頃に建てられた商人たちの家が並んでいて中世の景観が残されています。
 
 
 この旧市庁舎広場の近くにカウナスのシンボルになっている聖ペテロ&パウロ大聖堂(聖ペトロ&ポヴィロ大聖堂)が建っています。
 
 15世紀初頭に建設され、その後の増改築でゴシック様式、ルネサンス様式、バロック様式が混ざった現在の姿になりました。1895年に大聖堂となり、現在はリトアニアのカトリック教会の司教座が置かれています。
 
聖ペテロ&パウロ大聖堂
聖ペテロ&パウロ大聖堂
大聖堂の内部 →
聖ペテロ&パウロ大聖堂の内部
 
 大聖堂の中に入ってみるとバロック様式の内陣が広がっています。
 
 内部には7つの祭壇があって、主祭壇には十字架に磔になったキリスト像と十字架にすがるマグダラのマリア像があります。その両脇には8体の聖人像が並んでいます。十字架の上にもイエス・キリストの像があり、その両脇に聖ペテロと聖パウロの像があります。
 
大聖堂の主祭壇
大聖堂の主祭壇
大聖堂の説教壇
大聖堂の説教壇
 
 聖ペテロ&パウロ大聖堂の見学を終えたら、若干のフリータイムです。あまり遠くに行く時間はないのでショップで絵ハガキなどを買って過ごします。再び集合したら町の基礎になったカウナス城を見に行きます。
 
ヴィリニアウス通り
ヴィリニアウス通り
カウナス城
カウナス城
 
 カウナス城は、旧市街の中心から少し外れた台地に建っています。13世紀にドイツの騎士団に対する防衛拠点として建設されました。当時は4つの塔を備えた要塞でしたが、現在は塔が1つ残っているだけです。1363年にはドイツ騎士団の攻撃を受けて破壊された記録が残っているそうです。
 
 1410年にヴィタウタス大公が率いるリトアニア軍とポーランド軍の連合軍がジャルギリスの戦いでドイツの騎士団に勝利をおさめます。この勝利でドイツ騎士団の脅威から解放されたカウナスは織物などの手工業が盛んになり、ハンザ同盟の交易ルートに位置していたことから多くの商人が訪れるようになって繁栄しました。