バルト三国旅行記
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トゥライダ城
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グートゥマニャ洞穴を見学した後は、トゥライダ城に向かいます。この辺りは11世紀頃からリーヴ人が集落を形成していました。「トゥライダ」はリーヴ人の言葉で「神の庭」を意味しているそうです。

トゥライダ城への入口
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トゥライダ城へ続く道
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トゥライダ城を含む周辺一帯はトゥライダ博物館保護区となっています。入口からトゥライダ城へと続く道をしばらく進むとトゥライダ教会が見えてきます。1750年頃にこの辺りで暮らしていた農民たちによって建てられました。
教会の近くには、乙女の墓があります。グートゥマニャ洞穴でポーランド兵に命を奪われたマイヤの墓です。この墓の裏手に立つライムの木は、マイヤの恋人だったヴィクトルスが植えたものと言われています。

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乙女の墓
← トゥライダ教会
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さらに進んでいくと、目的のトゥライダ城が見えてきます。12世紀後半に、この辺りで暮らすリーヴ人を束ねていたカウポという人物はこの場所に木造の砦を築いていました。昨日観光したラトビアの首都リガを建設したアルベルト司教は、13世紀前半にこの砦の跡地にトゥライダ城を建設しました。

トゥライダ城に到着
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トゥライダ城
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当初、この城は「フリートラント城」と名づけられましたが、後に「トゥライダ城」と改められました。トゥライダ城は、この辺りを支配する拠点だったため、リヴォニア騎士団、ポーランド軍、スウェーデン軍などに占領されました。1776年に落雷による火災で大部分が焼失して長い間放置されましたが、1950年代から修復が始まり、現在に至っています。

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塔からの眺め
← トゥライダ城の塔
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13世紀に建てられたという塔は内部に入ることができます。資料によると、外周が13.4メートル、高さが38.2メートルあります。らせん階段を上っていくと、最上階からは森林やガウヤ川などを見渡すことができます。
トゥライダ城の本丸部分は、15世紀頃に建設されました。内部は博物館になっています。

博物館
甲冑の展示 → |
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内部には、騎士が使った甲冑や武器、宗教関係のコレクションを始め、住民たちが使った土器類や城塞の破片などの出土品が展示されています。
牢獄の様子が再現されていたり、グートゥマニャ洞穴にまつわる乙女マイヤと恋人のヴィクトルス、マイヤを殺害したポーランド兵の場面も再現されています。

博物館のコレクション
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博物館のコレクション
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約1時間ほどトゥライダ城を見学した後は、バスに乗ってレストランに向かいます。本日のランチのメインはチキン料理です。別料金でドリンクも注文して45分間のランチタイムを楽しみました。

レストラン
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ランチのメイン料理
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ランチの後は再びバスに乗って、ラトビアから国境を越えてエストニアに向かいます。
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