フランス旅行記(パリ)


オルセー美術館(3階)


「オーヴェールの教会」は、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ(1853〜1890年)がピストル自殺を遂げる2ヶ月前に描かれた作品です。
 
オルセー美術館に飾られている「オーヴェール・シュル・オワーズの教会(ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ)」
オーヴェールの教会(ゴッホ)
 1890年、精神錯乱の発作に苦しんでいたゴッホは、弟テオの勧めで静養のためにパリ郊外のオーヴェール・シュル・オワーズに移り住みます。
 
 彼はここで非常に多くの作品を描いています。この作品もその1つで、オーヴェールにある教会を描いたものです。
 
 しかし、弟テオが自分への仕送りに苦しんでいることを知ったゴッホは7月27日にピストル自殺を図ります。そして、7月29日に37歳の若さで亡くなりました。
 
 1888年に南仏のアルルで2ヶ月だけゴッホと一緒に暮らしたポール・ゴーギャン(1848〜1903年)は、ゴッホがピストル自殺を遂げた翌1891年にタヒチに旅立ちます。
 
オルセー美術館に飾られている「タヒチの女たち(ポール・ゴーギャン)」
タヒチの女たち(ゴーギャン)
 「タヒチの女たち」はゴーギャンがタヒチに到着した年に描かれた作品です。彼は2年間に50点を超える作品を描き、パリに引き返します。
 
 しかし、1893年に開いた個展では、これらの作品は評価されませんでした。
 
 1895年、ゴーギャンは再びタヒチに旅立ちます。1901年にはヒヴァ・オア島に渡り、フランスに戻ることなく、1903年に亡くなりました。
 
オルセー美術館に飾られている「トランプをする人たち(ポール・セザンヌ)」
トランプをする人たち(セザンヌ)
 ポール・セザンヌ(1839〜1906年)は故郷の南仏エクス・アン・プロヴァンスで制作活動を続けました。
 
 この「トランプをする人たち」は、近郊のジャ・ド・ブーファンの農夫たちをモデルに描いたものです。他にも5人いる作品や4人いる作品など、同じテーマで何枚も描いています。
 
 アンリ・ルソー(1844〜1910年)は、他の人たちとは少し変わった経歴の画家です。彼は50歳の頃まで税関につとめ、普通に会社員として働いていました。その間、暇を見つけては独学で絵を勉強していました。
 
オルセー美術館に飾られている「戦争(アンリ・ルソー)」
戦争(アンリ・ルソー)
 彼は、40歳を過ぎた頃から作品をサロンに出展するようになります。しかし、きちんとした技法を勉強していなかった彼の作品は、「子供のいたずら描き」といわれ、なかなか認められませんでした。
 
 一方で、ピカソをはじめとする一部の芸術家たちは彼の才能を認めていました。
 
 その後、徐々に作品が評価されるようになっていったルソーは、50歳になる頃に仕事を辞めて画家の道を目指します。この「戦争」はこの時期に描かれた作品です。戦いの女神ベローナが右手に剣、左手にたいまつを持って走り抜けています。彼はこの作品で戦争の悲惨さを訴えました。