マルタ島と聖ヨハネ騎士団の歴史


古代から中世のマルタ島(〜999)


 マルタ島と北にあるゴゾ島には、紀元前4500年〜前2000年頃に建造された約30の巨石神殿が発見されていて、その中の6つの神殿が世界遺産に登録されています。
 
 マルタ島の南西部で発見されたハジャー・イム神殿は紀元前3000〜前2900年頃のものとされていて、エジプトのピラミッドより古いとされています。数トンの重量がある巨石をどこからどのような方法で運んできたのか、どうやって積み上げたのか、などの謎を残したまま、この高度な巨石文明を築いた人々は、紀元前2000年頃に忽然と姿を消してしまいました。
 
マルタ島に遺るハジャー・イム神殿
マルタ島に遺るハジャー・イム神殿
 
 その後、紀元前15世紀から前10世紀頃にかけて、マルタ島で居住する人々が現れ、マルタ島の中央部に砦を築き、その砦を中心に町が形成されていきました。フェニキア人やカルタゴの支配を経て、紀元前3世紀頃にローマ帝国の支配下に入ると、この町は「メリタ」と呼ばれるようになります。この「メリタ」が「マルタ」の語源になったと言われています。
 
古都イムディーナ
古都イムディーナ
 
 9世紀になってアラブ人がマルタ島を支配するようになると、アラブ人は町を堀で囲み、堀の内側を「イムディーナ(城壁の町)」、堀の外側を「ラバト(郊外)」と呼びました。
 
BC4500〜
BC2000年頃
巨石神殿が建造される
BC2000年頃 マルタ島の先住民族が姿を消す
BC15〜10世紀頃 マルタ島に再び住み着いた人々がマルタ島の中心に砦や町を建設(後のイムディーナとラバト)
BC8世紀頃 フェニキア人がマルタ島を支配
BC5世紀 カルタゴがマルタ島を支配
BC3世紀 ローマ帝国がマルタ島を支配。マルタ島の中心に広がる町を「メリタ」と呼ぶ
60年 マルタ島のイムディーナに建つ聖パウロに捧げられた大聖堂聖パウロがマルタ島に漂着
(写真はマルタ島のイムディーナに建つ、聖パウロに捧げられた大聖堂
535年 東ローマ帝国(ビザンティン帝国)がマルタ島を支配
870年 アラブ人がマルタ島を支配。メリタを堀で囲み、内側を「イムディーナ」、外側を「ラバト」と呼ぶ