ハンガリー旅行記


ゲッレールトの丘


 本日は終日ブダペストを観光します。8時30分に現地ガイドさんと合流してバスでホテルを出発します。ブダペストの天気はあいにく雨です。
 
 最初に向かったのはゲッレールトの丘と呼ばれる場所です。駐車場でバスをおりて徒歩で坂道を上っていくと展望台があります。
 
ゲッレールトの丘へ続く道
ゲッレールトの丘へ続く道
展望台
展望台
 
 展望台からはドナウ川沿いに広がるブダペストの町並みが一望できます。ドナウ川に架かっているのはくさり橋(セーチェニ橋)です。ドナウ川の左側(こちらが右岸)がブダ地区で、右側(こちらは左岸)はペスト地区です。
 
ゲッレールトの丘からの眺め
ゲッレールトの丘からの眺め
 
 いま私たちが訪れているブダペストはハンガリーの首都で人口は約200万人です。面積は525平方キロメートルで東京と同じく23区あります。ハンガリーというのは英語表記で、ハンガリー語ではマジャールといいます。彼らは自分たちのことをマジャール人と呼んでいます。マジャール人はアジア系の民族とされていて、名前は姓名の順で表し、文法は「て、に、を、は」などの助詞が付きます。
 
 町の歴史ですが、もともとはドナウ川の両岸にブダとペスト(現地の発音に近いのはペシュト)という別々の町として誕生しました。
 
 当時の首都はエステルゴムに置かれましたが、13世紀にモンゴル軍によって破壊されたため、ブダが新たな首都となりました。1541年にトルコ軍に占領され、以後150年に渡ってオスマン・トルコ帝国の支配下に入ります。
 
 17世紀後半、オーストリアのハプスブルク家がトルコ軍を追い払います。以後、ハンガリーはハプスブルク家の支配下に入ります。1849年にドナウ川にくさり橋が架けられてブダとペストは急速に発展し、1873年に2つの町が合併してブダペストが誕生しました。
 
 
 ドナウ川の左側に広がるブダ地区には王宮が見えます。1241〜42年にかけてのモンゴル軍の侵略で首都エステルゴムが破壊された後、国王ベーラ4世(在位1235〜1270年)は、ブダの丘に砦を建設しました。この砦が歴代の国王によって増改築されて現在の姿になりました。
 
王宮
王宮
国会議事堂
国会議事堂
 
 ドナウ川の右側に広がるペスト地区には国会議事堂が見えます。1867年にオーストリア・ハンガリー二重帝国が誕生して大幅な自治権が与えられたことを記念して1884〜1904年にかけて建設されました。