ポーランド旅行記
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トルン散策
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しばらくジェグラルスカ通りを進むと、今度はシェラオカ通りと交差します。この交差する位置に旧市庁舎が建っています。1391年に建設が始まったゴシック様式の建物です。旧市庁舎の前にはコペルニクスの銅像が立っています。
旧市庁舎は、ロシア、ポーランド、デンマークの同盟軍とスウェーデンの間で行われた大北方戦争(1700〜1721年)の最中、1703年10月にスウェーデン軍の攻撃によって大きな被害を受けました。1722年から10数年の歳月をかけて修復され、現在に至っています。

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シェラオカ通り
← トルンの旧市庁舎 |
旧市庁舎の裏手に回って、北西方向に少し歩いていくと聖母マリア教会が見えてきます。14世紀後半に建てられたゴシック様式の建物です。

聖母マリア教会 |
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聖母マリア教会の内陣 |
聖母マリア教会の主祭壇には、大天使ミカエルがマリアにイエスを身ごもったことを伝える受胎告知を表現した彫刻が飾られています。

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14世紀の壁画
← 聖母マリア教会の主祭壇 |
教会内部の壁には14世紀に描かれたという壁画が残されています。また、多くの祭壇が並んでいます。この中には、マキシミリアノ・コルベ神父(1894〜1941年)の祭壇もあります。

コルベ神父の祭壇
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パイプオルガンと説教壇 |
ポーランド出身のコルベ神父は、日本で布教活動をしたこともあり、1936年からワルシャワ近郊にあるニエポカラノフ修道院の院長に就任しました。1939年にドイツ軍がポーランドに攻め込んできて第二次世界大戦が勃発すると、コルベ神父は9月にナチス・ドイツに逮捕されました。間もなく釈放されましたが、1941年2月に再び逮捕されてアウシュヴィッツ強制絶滅収容所に収容されてしまいます。
同年7月にアウシュヴィッツ強制絶滅収容所から脱走者が出て、ナチス・ドイツは連帯責任でランダムに選んた10名に餓死刑を宣告します。このとき、妻子がいるため命乞いをした男性の身代わりになって餓死刑を受けました。
1971年10月、当時のローマ法王パウロ6世によってコルベ神父は聖人に列せられました。
聖母マリア教会の見学後は30分のフリータイムです。旧市街周辺のショップをいろいろ見て回ります。トルンで有名なお土産はジンジャーブレッドと呼ばれるお菓子です。ポーランドではピエルニクと呼ばれています。
ジンジャーブレッドは、コペルニック・トルンというお店で買うことができます。左下の写真に写っている銅像の後ろにあるレンガの建物の1階にそのお店があります。

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ヴィスワ川
← 旧市街広場の噴水 |
30分のフリータイムを終えたら全員集合です。トルンの旧市街を出て、ヴィスワ川沿いを歩いてバスが待つ駐車場に向かいます。
私達を乗せたバスは、16時40分にトルンを出発します。途中でトイレ休憩を挟んで、20時にポズナンという町のホテルに到着しました。ホテルのチェックインを済ませたら、ホテル内のレストランでディナータイムです。その後は、周辺にあるスーパーに寄ってみてから、ホテルに戻って就寝です。
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