ポーランド旅行記
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ヴィエリチカ岩塩坑
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今日は6時に起床です。ホテルのレストランで朝食をとり、部屋に戻って支度を整えたらバスに乗り込みます。今日は、午前中に世界遺産に登録されているヴィエリチカ岩塩抗を見学し、午後は負の世界遺産に登録されているオシフィエンチム(アウシュヴィッツ)の強制収容所を見学する予定です。
ヴィエリチカ岩塩抗は1年を通して14度に保たれているそうなので、カメラやガイドブックと一緒に上着も持っていきます。
バスに乗り込んだら8時にホテルを出発です。目的のヴィエリチカ岩塩抗は、クラクフの南東15キロ程に位置しています。
ヴィエリチカ岩塩鉱には9時前に到着しました。バスを降りて入口に向かうと、すでに多くの観光客が行列を作っています。私たちも合流した現地ガイドさんが手配してくれたチケットを受け取って列に並びます。私たちは9時20分に入場できるようです。

ヴィエリチカ岩塩坑
ヴィエリチカ岩塩坑の入口 →
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間もなくすると、スタッフが木製の扉を開けてくれました。入場すると、下におりる階段が延々と続いています。この岩塩抗は、深さが300メートル以上、総延長が300キロメートル以上あり、現在公開されているのは、わずか2.5キロメートルとのことです。

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岩塩坑の内部
← 階段をおりて岩塩坑へ
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2000万年前、この辺りは海でした。その後、地殻変動で陸地となり、岩塩層が形成されました。「ヴィエリチカ」は「ヴィエルカ・ソル(大いなる塩)」が語源になっています。
岩塩の採掘は11世紀頃から始まり、700年以上に渡って続けられました。岩塩は、「白い金」と呼ばれて高値で取引され、この利益によって中世のポーランド王国はヨーロッパの大国へと成長しました。14〜16世紀にはポーランド王室の収入の3分の1を担ったと言われています。

坑道を歩く
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採掘作業の様子
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ガイドさんの説明を聞きながら坑道の中を進みます。坑道では、当時の発掘作業の様子が再現されているのを見ることができます。
岩塩抗の内部は、ポーランドを代表する人物の像や歴史上の場面が岩塩で再現されています。ポーランドを代表する学者コペルニクスの像も見かけました。
ヴィエリチカ岩塩鉱の発祥にまつわるキンガ姫の伝説が再現された部屋もあります。11世紀、ポーランド王に嫁ぐことになったハンガリー王室のキンガ姫(ハンガリー王ベーラ4世の娘)は、道中の泉に婚約指輪を投げ入れました。ポーランドに到着した後、キンガ姫がヴィエリチカの住民に地面を掘り起こすように求めます。住民たちが地面を掘り起こしたところ、泉に投げ入れたはずの婚約指輪と岩塩層が見つかったと伝えられています。

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キンガ姫の伝説
← コペルニクス像
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途中、坑道の上を見上げると、松明を持った鉱夫の像がありました。坑道内は、酸素濃度が薄くなったり、メタンガスによる爆発事故の恐れがあったので、当時の鉱夫は棒の先端に火をつけて空気の濃度を確認していたそうです。

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坑道を支える木組み
← 空気の濃度を確認する作業
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さらに進んでいくと、採掘した岩塩を引き上げたり、運搬する様子が再現されています。当時は馬なども使って運搬していたそうです。

採掘作業の様子
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採掘作業の様子
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さらに先に進んでいくと、ヴィエリチカ岩塩鉱のハイライト、「キンガ姫の礼拝堂」があります。
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