クロアチア旅行記(ドゥブロヴニク)


旧市街散策


 城壁巡りの後は旧市街を散策します。まずはメインストリートのプラツァ通りを歩きます。
 
プラツァ通り
プラツァ通り
 
←↑ プラツァ通り
 
 プラツァ通りの全長は約300メートルです。ここはかつて海峡でしたが、12世紀に町の北部と小島(ラグーサ)が合併したときに埋め立てらて道が造られました。地図をよく見ると、プラツァ通りは奥に行くにつれて道幅が広くなっています。これはピレ門から入ってくる人たちに奥行があるように見せて、ドゥブロヴニクが実際より大きな町に見えるようにする仕掛けになっています。
 
 プラツァ通りの左手には14世紀に建設されたフランシスコ会修道院が建っています。入口の上部を飾っているピエタ(キリストの遺体を抱いて嘆く聖母マリア)の浮彫は、ドゥブロヴニクとスプリットの中間辺りに浮いているコルチュラ島出身のアンドリイチ兄弟の作品です。
 
プランシスコ会修道院
入口を飾るピエタの浮彫
入口を飾るピエタの浮彫
 
← フランシスコ会修道院
 
 フランシスコ会修道院の中にはクロアチア最古の薬局や美しい回廊があるそうです。内部の見学は後回しにして、まずはプラツァ通りを先に進みます。
 
 
 プラツァ通りの終着点にはルジャ広場があります。かつてのルジャ広場は政治、経済の中心でした。
 
 聖ヴラホ教会は、ドゥブロヴニクの守護聖人になっている聖ヴラホに捧げられた教会です。1706年の火災でルネサンス様式だった教会が焼失し、1706〜1715年にかけてヴェネチア出身の建築家マリン・グロッペによってバロック様式で再建されました。
 
 聖ヴラホ教会の前には1418年に作られたローラント像が立っています。ローラントはフランク王国のカール大帝に仕えた騎士とされています。ルジャ広場では様々な取引が行われ、物差しなどがなかった時代はこの像が商品の長さを計る単位の基準とされました。像の右の肘から手までの長さは51.2センチメートルあります。「ドゥブロヴニクの肘」と呼ばれて取引する布の長さなどを測りました。
 
ルジャ広場と聖ヴラホ教会
ルジャ広場と聖ヴラホ教会
 
ローラント像 →
ローラント像
 
 先ほど城壁巡りの時にも見えた時計塔は1444年に建てられました。時計版の針は1つだけで分はなく何時かということだけを表しています。時計版の下にある四角の窓にはデジタル時計のように何時何分と表示されています。現在の時刻は[と20が表示されているので、8時20分を指しています。
 
時計塔(鐘楼)
時計塔
8時20分を指す時計
8時20分を指す時計
 
 
 時計塔の隣にはスポンザ宮殿があります。1520年に、フランシスコ会修道院を手がけたアンドリイチ兄弟やミリチェヴィチによって建設されました。
 
スポンザ宮殿
スポンザ宮殿
 当初は税関や商品検査所として利用され、17世紀以降は造幣局や財務省として利用されました。
 
 現在は公文書館になっていて、各国と交わした様々な条約や取引に関する文書、取引に関する記録、裁判記録などが保管されています。