トルコ旅行記(イスタンブール)
|
アヤ・ソフィア
|
|
ブルー・モスクの先には聖ソフィア(アヤ・ソフィア)があります。
聖ソフィアは、かつて繁栄したビザンティン帝国(東ローマ帝国)を象徴する建物です。ソフィアは「知恵」を意味します。ギリシャ語ではハギア・ソフィアと発音し、「聖なる知恵」を意味します。トルコではアヤ・ソフィアと発音します。

聖ソフィア(アヤ・ソフィア) |
聖ソフィアに関する記録は細かく残されています。
330年5月11日、ローマ帝国のコンスタンティヌス帝は帝国の首都をローマからビザンティウムに遷します。以後、ビザンティウムはコンスタンティノープルと呼ばれます。
360年10月15日、皇帝コンスタンティヌス2世の元で、聖ソフィアの落成式が行われます。
404年、聖ソフィアは民衆の暴動によって焼失しますが、すぐに再建が開始され、415年10月10日に皇帝テオドシウス2世の元で落成式が行われます。
532年、「ニカの反乱」によって聖ソフィアは再び焼失します。反乱を平定した皇帝ユスティニアヌスはすぐに再建にとりくみ、537年12月27日に落成します。これが現在まで残っている聖ソフィアです。
聖ソフィアの中に入ります。入口にあたる内拝廊の南門にはビザンティン帝国時代のモザイク画が残されています。中央に聖母子がいて、向かって右にはコンスタンティノープルを献上するコンスタンティヌス帝、向かって左には聖ソフィアを献上するユスティニアヌス帝が描かれています。
 |
|

←↑ 内拝廊の南門を飾るモザイク画 |
聖ソフィアの内部に残るモザイク画はユスティニアヌス帝が再建した当時のものではありません。ユスティニアヌス帝時代のモザイク画は、726〜787年と813〜843年の2回に渡って行われた偶像破壊運動(イコノクラスム)によって、失われてしまいました。
|
 |
 |
|