イギリス旅行記(ロンドン)


ホワイトホール通り


 続いては、国会議事堂からトラファルガー広場まで続くホワイトホール通りを歩きます。かつて、この通りに沿ってホワイトホール宮殿がありましたが、1698年の火災で焼失してしまいました。現在は政府関連の建物が並んでいます。
 
ホワイトホール通り
ホワイトホール通り
政府庁舎
政府庁舎
 
 ホワイトホール通りに入ってすぐの左手に見える政府庁舎を過ぎたところには、戦没兵士記念碑があります。第一次世界大戦、第二次世界大戦で犠牲になった兵士を悼んで造られました。
 
 記念碑の先にはダウニング街10番地があります。もとはアイルランド出身の政治家ジョージ・ダウニングの住居でしたが、現在は首相官邸として利用されています。
 
戦没兵士記念碑 ダウニング街10番地(首相官邸)
ダウニング街10番地(首相官邸)
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 ダウニング10番街の隣にはホース・ガーズがあります。かつて、ホワイトホール宮殿の守備隊がいた施設です。現在は近衛騎兵隊の本部として利用されていて、タイミングがあえば騎兵隊の交代式を見学することができます。
 
ホース・ガーズ
ホース・ガーズ
バンケティング・ハウス
バンケティング・ハウス
 
 ホース・ガーズの向かい側にはバンケティング・ハウスが建っています。国王ジェームズ1世(在位1603〜1625年)の時代に迎賓館として建設され、1698年の火災で唯一残った建物だそうです。
 
 
バンケティング・ハウス天井画の下絵(ルーベンス作)
バンケティング・ハウス天井画の下絵
 すでに閉館時間を過ぎていたので入館できませんでしたが、このバンケティング・ハウスの見所は大広間の天井画です。
 
 ジェームズ1世の跡を継いだ息子チャールズ1世がフランドルの画家ペーテル・パウル・ルーベンスに制作を依頼したもので、父王ジェームズ1世の治世を讃えています。
 
 オーストリアの首都ウィーンにある造形美術アカデミー絵画館 には、ルーベンスが描いた天井画の下絵が残されています。
 
 1642年に勃発した「ピューリタン革命」は6年に渡って続き、敗北したチャールズ1世は議会軍に捕らわれてしまいます。1649年1月25日、国会議事堂のウェストミンスター・ホールでチャールズ1世の裁判が行われ、議会は「国家の敵」として国王に死刑を宣告します。
 
 1649年1月30日、チャールズ1世はこのバンケティング・ハウスの前に設置された処刑台で首をはねられました。
 
チャールズ1世騎馬像
チャールズ1世騎馬像
 バンケティング・ハウスからさらに先に進むと、そのチャールズ1世の騎馬像が見えてきます。
 
 この騎馬像は「ピューリタン革命」の後に古道具屋に安値で売られ、後に再び買い戻されたという歴史を持っています。