イギリス旅行記(ロンドン)


大英博物館(西アジア・コレクション)


 ミイラの展示室を抜けると、再び西アジア・コレクションのコーナーです。先ほどは後期メソポタミアのアッシリア帝国時代の発掘品でしたが、この部屋は初期メソポタミアのシュメール時代とペルシャの展示室になっています。
 
 「ウルのスタンダード(旗章)」は、シュメール時代の都市ウル(現在のイラク南部)にある王墓から発掘された副葬品の1つです。
 
 赤色石灰岩や貝殻、ラピスラズリなどで装飾された豪華な容器ですが用途は解明されていないそうです。紀元前2600〜前2400年頃に制作されたもので、片面には戦争の場面、もう片面には宴会(平和)の場面が描かれています。
 
ウルのスタンダード
↑ ウルのスタンダード
官女の装身具 →
官女の装身具
 
 「官女の装身具」もウルの王墓から発掘されました。殉死した侍女が身につけていた装飾品で、金やラピスラズリで作られています。
 
 これらの副葬品は、1928〜1929年にかけて、イギリス人考古学者のレオナード・ウーリー(1880〜1960年)の指揮のもと、大英博物館とアメリカのペンシルベニア大学による合同調査で発掘されました。
 
 「牡山羊の像」もこの発掘調査でウルの王墓から発掘された副葬品の1つです。
 
牡山羊の像
牡山羊の像
 金箔やラピスラズリで装飾された牡山羊が前足を木の枝に乗せて後ろ足で立っています。
 
 この像は、2体が対になって家具の一部を支えていたものと考えられています。もう1体は合同調査を行ったペンシルベニア大学が所有しています。
 
 続いては、紀元前6世紀にイランで興ったペルシャ帝国の遺品です。
 
キュロス王の樽型文書
キュロス王の樽型文書
 「キュロス王の樽型文書」は、古代オリエントを統一してアケメネス朝ペルシャを興したキュロス王(在位、前559〜前530年)が、紀元前538年に新バビロニアを滅ぼした時の戦後処理について記した粘土板です。
 
 アケメネス朝ペルシャは第3代国王ダレイオス1世(在位、前522〜前486年)の時代に全盛期を迎えます。ペルセポリスという町は、このダレイオス1世の時代に着工され、60年近い年月をかけて建設されました。
 
 ペルセポリスに建つダレイオス1世の宮殿には、帝国全土から献上品を携えた使節団が訪れました。下の写真は、使節団が歩いた大階段の壁を飾っていたレリーフの一部です。
 
ペルセポリスの宮殿を飾っていたレリーフ
ペルセポリスの宮殿を飾っていたレリーフ
 
 紀元前330年にペルシャ軍を破ってペルセポリスに入城したアレクサンドロス大王(在位、前336〜前323年)はペルセポリスの町を焼き払ってしまいます。
 
 放火する前にアレクサンドロス大王配下のマケドニア兵が略奪した財宝は、3000トンの黄金をはじめ、家具や織物など多数に及び、3万頭近いラクダやロバを要したと言われています。
 
 
アケメネス朝ペルシャの「オクサスの遺宝」
アケメネス朝ペルシャの「オクサスの遺宝」
 続いては、1877年にオクサス川(アムリダヤ川)の土手から出土した「オクサスの遺宝」です。
 
 紀元前5〜4世紀頃に制作されたもので、オクサス川周辺から200点以上の金銀製品、1500点に及ぶ貨幣が出土しました。
 
 紀元前559年に興ったアケメネス朝ペルシャ帝国は、前330年にアレクサンドロス大王によって滅ぼされます。その後は、セレウコス朝シリア、パルティア王国(アルサケス朝ペルシャ)の支配を経て、ササン朝ペルシャへと続き、イスラム教を信仰するイスラム帝国(サラセン帝国)によって651年に滅亡しました。
 
ペルシャ帝国の略歴
前550年 キュロス大王によってアケメネス朝ペルシャ帝国が誕生
前539年 ペルシャ帝国が新バビロニアを征服
前525年 ペルシャ帝国がエジプトを征服
前522年 ダレイオス1世即位(〜前486年)、ペルセポリスの建設開始
前490年 「マラトンの戦い」でペルシャ軍がギリシャ軍に敗北
前480年 「サラミスの海戦」でペルシャ軍がギリシャ軍に敗北
前404年 エジプトがペルシャから独立
前336年 ダレイオス3世即位(前336〜前330年)、同じ年にマケドニアでアレクサンドロス大王が即位
前333年 「イッソスの戦い」でペルシャ軍がマケドニア軍に敗北
前331年 「ガウガメラの戦い」でペルシャ軍がマケドニア軍に敗北
前330年 ペルセポリスがマケドニア軍によって焼き払われる。ダレイオス3世は逃亡先で家臣に殺害されてアケメネス朝ペルシャが滅亡
前247年 パルティア王国(アルサケス朝ペルシャ)が誕生
227年 パルティア王国が滅び、ササン朝ペルシャが誕生
260年 「エデッサの戦い」でペルシャ軍がローマ軍に勝利。シャープール1世がローマ帝国のヴァァレリアヌス帝を捕虜にする
363年 シャープール2世がペルシャに侵攻してきたローマ軍を撃退し、ローマ帝国のユリアヌス帝を敗死させる
642年 「ニハーワンドの戦い」でペルシャ軍がイスラム教徒軍に敗北。
651年 ヤズデギルド3世が逃亡先で殺害されてササン朝ペルシャ帝国が滅亡