イギリスの歴史


バラ戦争(1453〜1485)


 英仏百年戦争で一時はパリを含む北フランスを獲得したイングランドは最終的に大陸側の領土を失ってしまいました。
 
リチャード3世(イギリス、ロンドンのナショナル・ポートレート・ギャラリー)
リチャード3世
 100年に及ぶ戦争に敗北したイングランドは経済的に疲弊し、大陸の領土を失った貴族たちの不満も高まりました。
 
 加えて、英仏百年戦争が繰り広げられていた時からランカスター家(エドワード3世の3男の家系)とヨーク家(エドワード3世の4男の家系)の間で王位継承権を巡る争いが続いていました。
 
 1455年にヨーク公リチャードがランカスター家の国王ヘンリー6世に対して反旗を翻し、両家はロンドン郊外のセント・オールバンズで激突します。ランカスター家の紋章は赤いバラ、ヨーク家の紋章は白いバラだったことから、後年この両家の争いはバラ戦争と呼ばれました。
 
 1460年12月、両家の軍勢はウェイクフィールドで戦い、ヨーク家が勝利をおさめます。ヘンリー6世は退位し、ヨーク家のエドワード4世がイングランド王に即位してヨーク朝が始まります。
 
 1483年3月にエドワード4世が亡くなると、長男のエドワード5世が12歳で即位します。これに不満を持ったエドワード4世の弟リチャード3世はエドワード5世の側近たちを逮捕して幼いエドワード5世と彼の弟ヨーク公リチャードをロンドン塔に幽閉しました。
 
ヘンリー7世(イギリス、ロンドンのナショナル・ポートレート・ギャラリー)
ヘンリー7世
 同年6月、リチャード3世は議会の承認を受けて国王に戴冠されます。しかし、2年後の1485年にフランスに亡命していたランカスター家に連なるヘンリー・チューダーが軍勢を率いて帰国します。
 
 リチャード3世とヘンリー・チューダーの軍勢はボズワースで激突しますが、部下に裏切られたリチャード3世は敗北し、命を落としてしまいます。
 
 ヨーク朝は3代で幕を閉じ、勝利したヘンリー・チューダーがヘンリー7世として即位して、チューダー朝が始まりました。
 
1455年 ヨーク公リチャードがヘンリー6世に反乱を起こしてバラ戦争が勃発
1459年 9月、「ブロア・ヒースの戦い」でランカスター家の軍勢がヨーク家の軍勢に勝利
1460年 7月、「ノーサンプトンの戦い」でヨーク家の軍勢がランカスター家の軍勢に勝利。ヘンリー6世はヨーク家の捕虜となる
12月、「ウェイクフィールドの戦い」でランカスター家の軍勢がヨーク家の軍勢に勝利。ヨーク公リチャードは戦死してランカスター家はヘンリー6世を奪還する
1461年 2月、「モーティマーズ・クロスの戦い」でヨーク家の軍勢がランカスター家の軍勢に勝利。ヘンリー6世が退位して、ヨーク公リチャードの息子エドワード4世がイングランド王に即位(ヨーク朝はじまる)
1483年 4月、エドワード4世が死去、エドワード5世がイングランド王に即位
イギリスのロンドンに建つロンドン塔6月、エドワード4世の弟リチャード3世が、エドワード5世と弟ヨーク公リチャードをロンドン塔に幽閉してイングランド王に即位
(写真はイギリスのロンドンに建つロンドン塔
1485年 「ボズワースの戦い」で、リチャード3世の軍勢がランカスター家の分家にあたるチューダー家のヘンリー7世率いる軍勢に敗北。リチャード3世は戦死し、ヘンリー7世がイングランド王に即位(チューダー朝はじまる)